長期COVIDの治療薬:安全性の警告と未解明の課題

長期COVID治療薬比較ツール

このツールは、長期COVID(Post-Acute Sequelae of SARS-CoV-2 infection)の治療に使われる
主なオフラベル薬を比較し、効果とリスクを明確に示します。

重要な注意事項: これらはすべて「オフラベル」であり、長期COVIDの正式な治療薬ではありません。日本では保険適用がなく、医師の判断で処方されます。

比較対象薬剤

バリシチニブ

(Baricitinib)

オフラベル中

関節リウマチ・脱毛症治療薬

メトホルミン

(Metformin)

オフラベル中

2型糖尿病治療薬

LDN

(低用量ナトキソン)

オフラベル中

オピオイド依存症治療薬

パクロビッド

(Paxlovid)

オフラベル中

急性期治療薬

治療薬比較表

項目 バリシチニブ メトホルミン LDN パクロビッド
有効性 一部改善報告 予防効果(41%減) 疲労感改善(62%) 一部改善(38%)
主なリスク 感染症(10-20%)、がんリスク 胃腸症状(35.7%) 睡眠障害(28%)、頭痛(19%) 苦い味(79%)、薬物相互作用(40%)
長期使用の安全性 未解明 比較的安全 未解明 未知
保険適用 非適用 非適用 非適用 非適用
承認状況 他疾患承認 他疾患承認 非承認 急性期承認

患者の声: 68%の患者がオフラベル薬を試していますが、57%が「十分な改善が得られず」、41%が「副作用の方がつらい」と報告されています。

2025年現在、世界中で約2億人が長期COVID(Post-Acute Sequelae of SARS-CoV-2 infection, PASC)に苦しんでいると推定されています。日本でも、感染後数ヶ月以上続く倦怠感、集中力低下、動悸、呼吸困難などの症状に悩まされる人が増え続けています。しかし、いまだに長期COVIDの正式な治療薬は存在しません。現在、医療現場では、他の病気のために承認された薬を「オフラベル」で使っているのが現状です。でも、その安全性には大きな懸念があります。

薬の効果は? 安全性は? そのギャップ

長期COVIDの治療をめざす研究は、世界中で急ピッチで進められています。米国国立衛生研究所(NIH)のRECOVERイニシアチブは、11.5億ドルを投じてこの分野をリードしています。しかし、治療薬の開発は、予想以上に難しいです。なぜなら、長期COVIDは「一つの病気」ではないからです。倦怠感だけの人、認知機能が落ちる人、心臓や血管に問題が出る人、免疫系が異常を起こす人--症状は200種類以上あり、それぞれの原因が違う可能性があります。

だからこそ、現在の治療は「試行錯誤」の連続です。医師は、過去のデータと患者の反応を頼りに、薬を選びます。でも、その薬が「長期COVIDの患者」に安全かどうかは、ほとんど未知数です。

バリシチニブ:免疫を抑える薬のリスク

最も注目されている薬の一つが、バリシチニブ(Baricitinib)です。これは、関節リウマチや脱毛症の治療薬としてFDAの承認を受けているJAK阻害薬です。急性COVID-19では死亡率を下げた実績があり、長期COVIDにも応用されています。

しかし、その安全性は警告で満たされています。臨床試験では、重篤な感染症が10〜20%の患者で発生しました。がん(特にリンパ腫)、心臓発作、血栓のリスクも上昇します。急性COVID-19の患者とは異なり、長期COVIDの多くは若く、健康だった人です。免疫系が過剰反応している可能性がある彼らに、免疫を抑える薬を投与するのは、リスクが高すぎると指摘する専門家もいます。

NIHのREVERSE-LC試験では、40人以上の研究者が参加し、2026年第四四半期に結果が出る予定です。でも、もし効果があっても、長期使用の安全性は未知数です。この薬を1年、2年と使い続けると、何が起きるのか? 誰も答えられません。

メトホルミン:糖尿病薬の意外な効果

一方で、意外な候補として浮上しているのが、メトホルミンです。これは、2型糖尿病の第一選択薬として何十年も使われてきた安価な薬です。ミネソタ大学の臨床試験(STOP COVID)では、感染直後にメトホルミンを飲んだ人で、長期COVIDの発症が41%減りました。これは、統計的にも意味のある結果です。

でも、代償があります。35.7%の人が吐き気、下痢、腹痛などの胃腸症状を経験しました。これは、薬の効果を実感する前に、生活の質が落ちてしまうことを意味します。多くの患者が「効いている気がするけど、体がつらい」と語っています。また、この試験は「予防」を対象にしており、すでに症状が出ている人への効果は不明です。

ローダスナルトキソン:オフラベルの現実

日本ではまだあまり知られていませんが、低用量ナトキソン(LDN)は、米国で多くの患者が試している薬です。通常、オピオイド依存症の治療に使う50mgの1〜5mgという超低用量で、毎日飲むものです。免疫の調整作用があるとされ、2024年の患者調査では、62%が疲労感の改善を報告しました。

しかし、28%は睡眠障害、19%は頭痛を経験しました。この薬はFDAの承認を受けておらず、医師が「オフラベル」で処方しています。つまり、保険は効かない。副作用が起きても、責任を取る仕組みはありません。多くの患者が、ネットの情報や他の患者の体験談を頼りに、自分自身で薬を選び、飲み始めています。

医師が矛盾する臨床試験の資料を手にし、患者の声が壁に掲げられている。

失敗と希望:BC007とその先

2025年3月、BC007という薬の臨床試験が中止されました。この薬は、長期COVIDの原因とされる「自己抗体」を中和するものでした。しかし、プラセボと比べて効果はなく、副作用もやや多かったのです。3件の重篤な副作用(輸液反応)が発生し、試験は終了しました。

これは、長期COVID治療の現実を象徴しています。研究の多くは失敗に終わります。AER002やポリマー化コラーゲンといった新しい候補も、まだ初期段階です。どれも、安全性データは限られています。

パクロビッド:効果ある? ない?

急性期の治療薬として有名なパクロビッド(ニルマトレビル/リトナビル)も、長期COVIDに使われています。UCSFの研究では、15日間投与で38%の患者が改善しました。しかし、NIHの大きな試験では、効果はプラセボと変わらないと結論づけられました。

さらに、この薬には大きな問題があります。79%の人が「苦い味」に悩まされ、40%の人が他の薬との相互作用を起こしました。リトナビルは、多くの薬の代謝を阻害するため、高血圧薬、抗不安薬、コレステロール薬などと併用すると危険です。長期COVIDの患者は、すでに複数の薬を飲んでいることが多いのです。

未知の領域:なぜ治療は難しいのか

最も大きな問題は、何が原因なのかがわかっていないことです。ウイルスが体内に残っている? 自己免疫が起きている? 血管が損傷している? エネルギー生産がうまくいかない? どれも可能性がありますが、どれが主要な原因かは不明です。

そのため、薬の選び方が難しい。免疫を抑える薬が効く人もいれば、逆に悪化する人もいます。胃腸症状を抑える薬が効く人もいれば、まったく効かない人もいます。

さらに、診断自体が難しいです。血液検査や画像診断で「長期COVID」と判定できるバイオマーカーは、いまだに存在しません。医師は、患者の症状の経過と自己申告だけで判断しています。

患者たちが不明な治療の橋を渡り、その下には診断の欠如が描かれている。

患者の声:薬は本当に役立つのか?

米国の患者支援団体「Body Politic」の2025年調査では、68%の人が何らかの薬をオフラベルで試しました。そのうち、メトホルミン(32%)、LDN(29%)、パクロビッド(24%)が最も多かったのですが、57%が「十分な改善が得られなかった」と答え、41%は「副作用の方がつらかった」と述べています。

「薬を飲んでも、疲れは変わらない。むしろ、下痢がひどくなって、外出できなくなった」--このような声が、ネットの掲示板やSNSで多く見られます。

未来への道:2026年以降の展望

2026年には、バリシチニブとメトホルミンの最終試験結果が出てくる予定です。もし効果が確認されれば、2027年か2028年にも、最初の正式な治療薬がFDAから承認されるかもしれません。

しかし、その先も課題は山積みです。どの患者にどの薬を? 何ヶ月飲むべきか? 長期使用のリスクは? 保険は適用されるのか? これらの問いに、科学はまだ答えを出していません。

一方で、新しい研究も始まっています。GLP-1受容体作動薬(例:ティルゼパチド)は、代謝異常や神経炎症に効く可能性があります。また、頸部交感神経節ブロックという神経ブロック療法も、臨床試験が始まっています。

しかし、これらすべての治療は、まだ「実験段階」です。患者が「治る希望」を求めて、リスクを冒す状況は、今後も続くでしょう。

医療現場の現実

アメリカ医師会(AMA)は2025年1月に、こう声明を出しました:「長期COVIDの最適な治療法について、医療界に合意は存在しない」

つまり、ある病院ではバリシチニブを勧め、別の病院ではメトホルミンを勧め、別のところでは「薬は使わないで、休息とリハビリを」と言うのです。患者は、医師の意見やネットの情報、友人の体験談に頼って、自分に合う治療を探さなければなりません。

これは、医療の混乱ではなく、未知の病気への対応として、必然的な段階です。科学は、少しずつ進んでいます。でも、患者の痛みや不安は、その進みよりもずっと速く、深く広がっています。

長期COVIDの治療薬は、すでに日本で使えるのでしょうか?

現在、日本では、長期COVIDの治療薬として正式に承認された薬は一つもありません。バリシチニブやメトホルミン、LDN、パクロビッドなどは、他の病気のために承認されている薬であり、長期COVIDの治療として「オフラベル」で使われているだけです。日本では、これらの薬を長期COVIDに使用するためのガイドラインはなく、医師の判断で処方されるケースがあります。ただし、保険適用はされず、全額自己負担になります。

バリシチニブは、若い健康な人にも安全ですか?

この薬の安全性データは、関節リウマチや脱毛症の患者(多くは中高年で、免疫がすでに弱っている人)を対象にした臨床試験に基づいています。長期COVIDの多くは、感染前は健康だった若い人です。彼らの免疫系は、過剰反応している可能性があります。そのため、バリシチニブのような免疫を抑える薬は、かえって感染リスクや炎症を悪化させる可能性があります。現在の臨床試験では、このリスクを慎重に監視していますが、長期的な安全性はまだ不明です。

メトホルミンは、長期COVIDの予防に効くと聞きましたが、本当ですか?

はい、ミネソタ大学の研究では、COVID-19に感染した直後にメトホルミンを飲んだ人で、長期COVIDの発症が41%減りました。ただし、これは「予防」の効果であり、すでに症状が出ている人への効果は証明されていません。また、35%以上の人が胃腸の不快感を経験しました。そのため、感染後すぐに医師と相談し、リスクとメリットをよく考えてから使う必要があります。

LDN(低用量ナトキソン)は、日本で処方してもらえますか?

LDNは、日本では正式な薬として承認されておらず、処方することはできません。一部のクリニックでは、個人輸入や海外の製剤を用いて、オフラベルで使用しているケースがありますが、これは法的にグレーゾーンです。副作用(眠れない、頭痛)が起きても、責任を取る仕組みはありません。医療機関に相談する前に、情報の信頼性を慎重に確認してください。

長期COVIDの治療薬は、いつ正式に承認される見込みですか?

2026年後半から2027年にかけて、バリシチニブとメトホルミンの最終試験結果が出る予定です。もし効果と安全性が確認されれば、2027年から2028年頃に、初めての正式な治療薬がFDAやPMDA(日本薬事当局)から承認される可能性があります。ただし、どの患者にどの薬をどう使うか、という詳細なガイドラインは、その後もさらに研究を重ねて作られるでしょう。

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