ウィルソン病:銅の蓄積とキレート療法の実際

ウィルソン病は、体に銅が過剰にたまる稀な遺伝性疾患です。この病気は、肝臓や脳、目、腎臓に銅が蓄積し、深刻な臓器障害を引き起こします。しかし、適切な治療を受ければ、患者はほぼ正常な寿命を生きることができます。問題は、多くの人が症状が出るまで気づかないことです。

銅がなぜ体にたまるのか

健康な人の体は、食事から取り込んだ銅を肝臓で処理し、余分な銅を胆汁として体外に排出します。この働きを担うのが、ATP7Bという遺伝子が作るタンパク質です。このタンパク質は、銅をセロプラズミンというタンパク質に結合させたり、胆汁に銅を放出したりする役割を持っています。

しかし、ウィルソン病の人は、このATP7B遺伝子に変異があり、銅を正しく処理できません。結果として、銅は肝臓にたまり、やがて血液中に漏れ出します。この「自由銅」は、脳の基底核や角膜、腎臓などに蓄積し、神経症状や肝障害を引き起こします。

特徴的なサインとして、ケイザー・フライシャー環があります。これは、角膜の周囲に銅が沈着してできる茶色い輪で、神経症状のある患者の95%に見られます。眼科検査で簡単に確認できます。また、血液検査では、セロプラズミン値が20mg/dL以下になるのが典型的です。正常は20~50mg/dLなので、明らかに低いです。

診断の難しさと見落とされがちな理由

ウィルソン病は、肝炎や自己免疫性肝炎と症状が似ているため、診断が遅れることがよくあります。肝機能数値が高くて「肝炎かな?」と診断され、数年間放置されるケースも珍しくありません。

特に子どもでは、ケイザー・フライシャー環が現れないことも多く、セロプラズミン値が生理的に低いこともあり、診断が難しくなります。2023年の新しい診断基準では、ATP7B遺伝子の変異を確認すれば、診断スコアが最大4点とされ、確定的な根拠になります。また、24時間尿中銅排泄量の基準も、従来の100μg/24hから80μg/24hに引き下げられ、早期発見がしやすくなりました。

しかし、実際の患者の多くは、診断まで平均2.7年もかかっています。Redditの患者コミュニティでは、「7年間、肝機能異常が続いて、自己免疫性肝炎と間違えられた」という声がよくあります。この病気は、検査をしないと見逃されやすいのです。

キレート療法:銅を体外に排出する治療

ウィルソン病の治療は、体にたまった銅を排出し、今後は銅の吸収を抑えることです。主な治療法は3つあります。

  1. D-ペンニシラミン:銅と結合して尿中に排出する薬。1956年から使われている最も古い薬で、価格は月約300ドルと安価です。しかし、20~50%の患者で、治療開始直後に神経症状が悪化します。これは、銅が一時的に脳に移動するためです。
  2. トリエンチン:ペンニシラミンと同様に銅を排出しますが、神経症状の悪化が少なく、副作用も比較的軽いです。しかし、月額約1,850ドルと高価です。
  3. 亜鉛製剤:銅の吸収をブロックします。腸の細胞にメタロチオネインというタンパク質を増やし、銅が血液に吸収されないようにします。主に、初期治療が終わってからの維持療法に使われます。

多くの患者は、最初にペンニシラミンを飲み始めますが、副作用で中止せざるを得ないケースが多いです。吐き気、金属のような味、皮膚の発疹、腎臓の障害などが起こります。また、22%の患者で全身性エリテマトーデスに似た症状(ループス様反応)が現れることもあります。

ウィルソン病の患者が食事制限と薬の服用スケジュールに苦労する日常を描いたイラスト。

治療のリアルな課題

ウィルソン病の治療は、薬を飲み続けるだけではありません。毎日の生活にも大きな制限がかかります。

まず、食事です。銅の摂取量は1日1mg以下に抑える必要があります。銅が豊富な食品は、レバー、貝類、ナッツ、チョコレート、キノコ、豆類などです。これらを避けるのは、とても難しいことです。患者の89%が、食事制限に苦労していると答えています。

また、薬の飲み方も厳格です。ペンニシラミンやトリエンチンは、食事の1時間前または2時間後に飲まなければなりません。食事と一緒に飲むと、銅の排出効果が下がるからです。1日3回、空腹で薬を飲むのは、日常生活に大きな負担になります。

2022年の患者調査では、35%の人が薬を忘れたり、中断したりした経験があります。理由は「副作用がつらい」「飲み方が複雑」「金銭的負担」が主です。

新しい治療の可能性

2023年、新しい治療薬の臨床試験で大きな進展がありました。CLN-1357という銅を捕まえるポリマーは、12週間で血中の自由銅を82%減らし、神経症状の悪化は一切起こりませんでした。これは、従来の薬よりも安全で効果的である可能性を示しています。

また、WTX101(ビス-コリン・テトラチオモリブデート)は、2022年の試験で神経症状の悪化を91%防ぎ、トリエンチンの72%を上回りました。米国FDAは2023年1月、この薬に「ブレークスルー療法」の指定を与え、早期承認の道を開きました。

さらに、遺伝子治療の試みも始まっています。AAV-ATP7Bというウイルスを使って、患者の肝臓に正常なATP7B遺伝子を送り込む治療法が、2023年の学会で報告されました。6人の患者で安全性は確認され、今後の発展が期待されています。

遺伝子治療で回復した患者が健康に生活する未来を象徴するイラスト。

治療のゴールと長期管理

ウィルソン病の治療目標は、3つあります。

  1. 血中の自由銅を10μg/dL以下に保つ
  2. 24時間尿中銅排泄量を200~500μg/24hに安定させる
  3. 肝機能数値(ALT、AST)を正常に戻す

これらの値は、治療中も定期的にチェックします。肝機能は3か月に1回、尿中銅は6か月に1回、血中自由銅は3か月に1回検査します。治療をやめると、銅は再びたまり、肝不全や神経障害が再発します。そのため、治療は生涯続く必要があります。

しかし、適切に管理できれば、患者は普通の生活を送れます。仕事、結婚、子育て、旅行--すべて可能です。多くの患者が、治療を始めてから「自分の人生を取り戻した」と語っています。

ウィルソン病と他の銅代謝異常の違い

銅がたまる病気は、ウィルソン病だけではありません。しかし、他の病気とは大きく異なります。

  • メンケス病:ATP7A遺伝子の異常で、銅が足りなくなります。乳児期に発症し、髪がカールし、発達遅延やけいれんが起こります。銅の不足が問題で、ウィルソン病とは真逆です。
  • 慢性胆汁うっ滞:肝臓の病気で銅がたまることがありますが、セロプラズミン値は正常で、尿中銅も高くありません。これは「二次的な銅蓄積」であり、ウィルソン病とは治療法が異なります。
  • インドの小児肝硬変:銅が肝臓にたまりますが、神経症状やケイザー・フライシャー環は見られません。環境要因(水や食事)が関係していると考えられています。

ウィルソン病の特徴は、「肝臓と脳の両方に症状が出ること」「ケイザー・フライシャー環があること」「低セロプラズミンと高尿中銅の組み合わせ」です。この3つが揃えば、診断の可能性が高まります。

ウィルソン病は遺伝するのですか?

はい、ウィルソン病は常染色体劣性遺伝です。両親がどちらもキャリア(変異遺伝子を1つ持つ人)の場合、子どもが病気になる確率は25%です。キャリアの人は通常、症状がなく、健康です。しかし、兄弟姉妹に患者がいる場合は、検査を受けることを強くおすすめします。

治療をやめたらどうなりますか?

治療をやめると、銅は再び体内にたまり始めます。肝臓では肝炎や肝硬変が進行し、脳では震え、言語障害、うつ、パーキンソン様症状が悪化します。最悪の場合、急性肝不全で命を落とすこともあります。治療は生涯続けなければなりません。

銅の多い食品を完全に避けるのは可能ですか?

完全に避けるのは現実的ではありませんが、大幅に減らすことは可能です。レバー、貝類、ナッツ、チョコレート、キノコ、豆類、全粒穀物を控え、銅を含むミネラルサプリメントや銅製の調理器具の使用をやめます。栄養士と相談しながら、バランスの取れた食事を作ることが重要です。

子供でもウィルソン病は発症しますか?

はい、5歳から35歳の間に発症することが多いですが、幼児期に肝硬変として発見されることもあります。特に、原因不明の肝機能異常や発達遅延がある子どもは、ウィルソン病の検査を受けるべきです。早期発見が、将来の神経障害を防ぎます。

キレート療法の副作用を軽減する方法はありますか?

はい。ペンニシラミンを始めた直後に神経症状が悪化する場合は、亜鉛を併用することで軽減できます。また、トリエンチンに切り替える方法もあります。副作用が強い場合は、医師と相談して薬を変更することが重要です。無理に続けずに、安全な治療法を見つけることが、長期的な成功につながります。

次にすべきこと

もし、あなたや家族が以下のような症状を繰り返しているなら、ウィルソン病の可能性を疑ってください:

  • 肝機能異常が原因不明で長く続く
  • 震え、筋肉の硬直、言葉がうまく出ない
  • うつや気分の変動が急に始まった
  • 眼科で角膜に茶色い輪があると言われた

まずは、肝臓専門医か遺伝性疾患の専門医に相談し、セロプラズミン、尿中銅、ATP7B遺伝子検査を受けてください。診断が遅れれば、治療の効果も下がります。でも、早ければ早いほど、人生を奪われずに済みます。

ウィルソン病は、昔は「死に至る病」でした。今は、正しい知識と治療があれば、普通の人生を送れる病気です。あなたが気づいたその一歩が、未来を変えます。

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