IgA欠損症は、体内で免疫グロブリンA(IgA)がほとんど作られない、最も一般的な原発性免疫不全症です。血清中のIgAレベルが7 mg/dL以下で、IgGやIgMは正常なままという特徴があります。この状態は、呼吸器や消化管、泌尿生殖器などの粘膜を守る最初の防壁が欠けていることを意味します。日本人の約1,000人に1人、欧米では300〜700人に1人がこの状態とされています。驚くべきことに、90〜95%の人は何の症状もなく、日常生活を過ごしています。しかし、残りの5〜10%は、繰り返す感染や重いアレルギー、自己免疫疾患に悩まされます。
IgA欠損症の症状:無症状が多いが、リスクは深刻
IgA欠損症の多くは、病気と気づかないまま人生を終えます。しかし、症状が出る人は、まず繰り返す上気道感染に悩まされます。中耳炎(32%)、副鼻腔炎(28%)、気管支炎(24%)、肺炎(18%)がよく見られます。特に子供では、耳の感染が頻繁に起こり、听力に影響が出ることもあります。
消化器系の問題も深刻です。15〜20%の患者が慢性的な下痢を経験し、そのうち8%はジアルジアという寄生虫感染です。さらに、7%はセリアック病(小麦アレルギーの一種)を併発します。セリアック病は、IgA欠損症の患者で特に注意が必要な疾患です。血液検査で「トランスグリタミナーゼ抗体」をチェックする必要があります。
アレルギーも頻繁に伴います。25%の患者がアレルギー性結膜炎、湿疹、アレルギー性鼻炎、喘息のいずれかを発症します。特に、IgAが少ない人は、通常の人よりアレルギー反応が強くなりやすい傾向があります。これは、IgAが本来ならアレルゲンの侵入を防ぐ役割を果たしているからです。
診断:血液検査で確実に見つける
IgA欠損症の診断は、単純な血液検査でできます。免疫グロブリンの定量検査(ネフェロメトリーまたはトゥルビジメトリック法)で、IgAが7 mg/dL以下で、IgGとIgMが正常なら、診断が確定します。この検査の精度は98.5%以上で、信頼性が高いです。
ただし、単にIgAが低いだけでは不十分です。ワクチン接種後の抗体応答も確認します。例えば、肺炎球菌ワクチンを打った後に、十分な抗体が作られているかを調べます。これにより、他の免疫疾患と区別できます。
輸血の危険:命に関わるアレルギー反応
IgA欠損症で最も恐ろしいリスクは、輸血です。IgAが作れない人の体は、IgAを「異物」と認識することがあります。その結果、20〜40%の患者が「抗IgA抗体」を作り始めます。この抗体が、輸血された血液中のIgAと反応すると、即座に重いアレルギー反応(アナフィラキシー)を引き起こします。
この反応は、輸血を始めてから15分以内に85%が起こります。症状は、かゆみや蕁麻疹(25%)から始まり、血圧の急激な低下(60%)、気管支痙攣(45%)、最悪の場合、心停止(10%)に至ります。死亡率は、適切な対応をしなければ10%にも達します。
これは、医療現場で重大な問題です。救急搬送された患者がIgA欠損症であることを医師が知らないと、普通の血液を輸血してしまい、命を落とすことがあります。実際、78%の重篤な反応は、緊急時に患者の病歴が不明な状況で起こっています。
輸血の安全な方法:特殊な血液製剤が必要
IgA欠損症の患者に輸血するには、通常の血液は絶対に使えません。安全な方法は2つあります。
- IgA除去血液製剤:IgAの量を0.02 mg/mL以下にまで減らした血液。製造に48〜72時間かかり、コストは通常の3倍になります。
- 洗浄赤血球:血液を生理食塩水で何度も洗って、IgAを98%以上除去します。処理に30〜45分かかりますが、緊急時にはこちらが使われます。
輸血前に、抗IgA抗体の有無を検査することも重要です。ELISA法で95%の感度で検出できますが、5〜10%は偽陰性になるため、検査結果が陰性でも、IgA欠損症の患者には安全な血液を優先して使います。
患者が自分でできる対策:医療アラートカード
IgA欠損症の人は、常に自分の状態を周囲に伝える必要があります。最も効果的な方法は、医療アラートカードを携帯することです。カードにはこう書きます:
「選択的IgA欠損症。輸血の際は、IgA除去血液または洗浄赤血球が必要です。」
このカードがあれば、救急車の隊員や病院の受付、看護師がすぐに理解できます。免疫不全財団の調査では、42%の患者が、医療従事者がこの病気を知らないと経験しています。カードがあれば、そのリスクを大きく減らせます。
また、ブレスレットやネックレス型の医療アラートも有効です。特に、子供や認知症の高齢者には、身に着けるタイプがおすすめです。
他の合併症への対策:定期検査が命を守る
IgA欠損症の人は、単に輸血のリスクだけではなく、他の病気にも注意が必要です。
- セリアック病:年に1回、トランスグリタミナーゼ抗体の血液検査。
- 気管支拡張症:肺の機能が低下する病気。半年に1回、肺機能検査。
- 関節リウマチや炎症性腸疾患:1年に1回、自己免疫疾患のスクリーニング。
これらの検査を怠ると、気づかないうちに病気が進行します。特に、慢性の下痢や咳が続く場合は、すぐに医師に相談してください。
今後の治療:新しい可能性
現在、IgA欠損症には根本的な治療法はありません。しかし、研究は進んでいます。2023年、再組成ヒトIgAという人工的に作られたIgAを投与する治療法が臨床試験で始まりました。世界で12人だけがこの治療を受けましたが、初期の結果は有望です。今後10年で、この治療が一般化する可能性があります。
また、輸血前の予防として、メチルプレドニゾロンとジフェンヒドラミンを静脈注射すると、アナフィラキシーの発生率が75%減るというデータもあります。これは、輸血が必要な患者にとって、非常に重要な予防策です。
まとめ:知ることが、命を守る
IgA欠損症は、多くの人が気づかない「静かな病気」です。しかし、そのリスクは、輸血という場面で急に現れます。あなたやあなたの家族がこの病気だと分かったら、まず医療アラートカードを作りましょう。そして、かかりつけの医師と、輸血が必要な場合のプランを決めておいてください。
95%の人は、適切な管理をすれば、普通の寿命を過ごせます。問題は、「知らないこと」です。情報を持ち、周囲に伝える。それが、この病気と上手に付き合っていく唯一の方法です。
IgA欠損症は遺伝するのですか?
はい、IgA欠損症は遺伝的要因が強く関係しています。家族にIgA欠損症の人がいると、発症リスクは通常の50倍になります。しかし、必ずしも親から子へ直接遺伝するわけではなく、複数の遺伝子が関与する複雑なパターンです。兄弟姉妹に同じ病気がある場合は、検査を受けることをおすすめします。
IgA欠損症の人は、ワクチンを打っても大丈夫ですか?
はい、ワクチンは安全で、むしろ推奨されます。IgA欠損症の人は感染症にかかりやすいので、肺炎球菌ワクチン、インフルエンザワクチン、B型肝炎ワクチンなどは特に重要です。ただし、生ワクチン(麻疹・風疹・水痘など)は、免疫が弱い場合に注意が必要です。医師と相談して、個別に判断してください。
IgA欠損症は治りますか?
現在の医学では、IgA欠損症を完全に治す方法はありません。しかし、多くの人が無症状で生活でき、年齢を重ねるにつれてIgAレベルが自然に上昇するケースもあります。特に子供では、10歳前後で正常値に戻る人もいます。治療は、症状の管理と合併症の予防に焦点を当てます。
IgA欠損症とセリアック病の関係は?
IgA欠損症の患者の7%がセリアック病を合併します。逆に、セリアック病の患者の10〜15%がIgA欠損症を持っています。これは、IgAが腸の粘膜を守る役割を果たしているためです。セリアック病の診断では、IgA抗体を測定しますが、IgAが少ない人は偽陰性になるため、IgG抗体の検査も同時に行います。
輸血のとき、血液型が合っていれば大丈夫ですか?
いいえ、血液型が合っていても、IgA欠損症の人は危険です。血液型(A型・B型・O型など)とIgAは別のものです。IgAは免疫の成分であり、血液型とは無関係です。IgA欠損症の人は、IgAが含まれる血液を受けると、どんな血液型でも重いアレルギー反応を起こす可能性があります。必ずIgA除去または洗浄された血液を使用してください。
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