ALSケア:非侵襲的換気と栄養管理の実践的戦略

ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、徐々に筋肉を動かす神経細胞が死んでいく病気です。手足の力が弱くなり、やがて呼吸もできなくなります。この病気には、まだ治す方法はありません。しかし、正しいケアをすれば、生活の質を保ち、命を延ばすことが可能です。その中でも、最も効果的なのは非侵襲的換気栄養管理です。

非侵襲的換気(NIV)とは何か?

ALSになると、横隔膜という呼吸を助ける筋肉が弱っていきます。夜、眠っているときに呼吸が浅くなり、二酸化炭素がたまり、酸素が足りなくなります。その結果、朝起きると頭が重い、日中に眠くなる、寝ても疲れが取れない、といった症状が出ます。

非侵襲的換気(NIV)は、マスクを使って空気を肺に送り込む装置です。鼻や口にマスクをつけて、呼吸の補助をします。手術も切開もいりません。だから「非侵襲的」と言います。主に使うのは、BiPAP(バイパス)という機械です。吸気時に圧力を高くして空気を押し込み、呼気時に少し圧力を下げて息を吐きやすくします。これにより、疲れた呼吸筋の負担が減り、十分な酸素を取り込めます。

どのタイミングで始めるべきか? 欧州やカナダのガイドラインでは、息苦しさや朝の頭痛、日中の眠気といった症状が出たとき、または肺活量(FVC)が80%以下になった時点で始めるのが推奨されています。アメリカでは、保険がカバーする条件が厳しく、FVCが50%以下になってからでないと補助が受けられない場合があります。しかし、実際のデータでは、症状が出た段階で早めに始める方が、生存期間が長くなることが明らかになっています。

研究によると、NIVを使わなかった患者の平均生存期間は約215日。一方、NIVを使い始めた患者は、平均で453日まで生き延びました。つまり、7か月以上も寿命が延びるのです。さらに、1日4時間以上使い続けると、その効果はさらに高まります。

NIVの使い方と実際の課題

最初は、マスクが怖い、顔に跡が残る、息を吐きにくい、といった不快感に悩まされる人が多いです。しかし、多くの人が、使い始めて4週間ほどで、朝の頭痛が消え、夜よく眠れるようになり、日中の元気が戻ってきたと語っています。

初期設定は、吸気圧(IPAP)12~14cmH₂O、呼気圧(EPAP)4~6cmH₂O、バックアップ呼吸数12回/分が基本です。その後、血中の二酸化炭素濃度や酸素飽和度を測りながら、個人に合わせて調整します。

実際の臨床現場では、呼吸療法士が1人の患者に1.5時間もかけて、マスクのフィッティングや設定の調整を繰り返すことが普通です。3回以上通院してようやく慣れる人もいます。でも、諦めないことが大事です。1年後には、30日中27.5日以上使っている人がほとんどです。最初のハードルを乗り越えれば、生活が劇的に変わります。

高機能な機械として、Trilogy 100/106(フィリップス社)があります。これは、昼間でも使える Portable Ventilator で、バッテリーで8~12時間動きます。重さは5.4kg以下。マスクのデザインも快適で、ALSユーザーの満足度は5点満点中4.2点と高い評価です。標準的なBiPAPより、圧力の変化が自然で、息を吐きやすいと感じる人が多いです。

栄養管理:PEG管の重要性

ALSでは、飲み込む力が弱くなり、食事が取れなくなります。その結果、体重がどんどん減っていきます。体重が減ると、免疫力が落ち、呼吸筋もさらに弱くなります。これが、寿命を短くする大きな要因です。

そこで有効なのが、経皮的内視鏡的胃造設(PEG)です。これは、お腹に小さな穴を開けて、胃にチューブを通すだけの簡単な手術です。その後は、栄養ドリンクや液体の食事をチューブから直接胃に送ります。口から食べる必要がなくなります。

アメリカ神経学会(AAN)のガイドラインでは、PEGを勧める根拠が「Class I」(最高レベル)とされています。研究では、PEGをしなかった患者は6か月で平均12.6%体重が減りました。一方、PEGをした人は、体重の減少がわずか0.5%に抑えられました。

何より大切なのは、タイミングです。肺活量(FVC)が50%以下になる前、またはBMIが18.5以下になる前にPEGを済ませておくと、生存期間が約120日延びます。遅すぎると、手術のリスクが高まり、回復も遅くなります。

日本の診療所で医療チームがALS患者の呼吸と栄養管理を協議する様子。

NIVとPEG、両方を組み合わせるとどうなる?

どちらか一方だけでは、効果は限られています。しかし、両方を同時に行うと、その効果は倍増します。

2021年の国際的なデータ分析では、NIVとPEGの両方を受けた患者の平均生存期間は、何もしない人よりも12.3か月も長くなりました。これは、単に「寿命が延びる」だけでなく、「生きている間の質」も大きく改善するという意味です。

呼吸が楽になれば、話す力も少し戻ります。栄養が取れれば、気力も戻り、家族と笑い合える時間が増えます。ALSは進行性の病気ですが、その進行をゆっくりにする力は、私たちの手の中にあります。

医療チームとの連携が鍵

ALSのケアは、一人で抱え込むものではありません。呼吸療法士、栄養士、看護師、神経科医、リハビリテーション専門家がチームになって、患者の状態に合わせたケアを提供します。

日本でも、ALS専門診療所では、肺活量が80%以下になった時点で、NIVの説明を開始することが推奨されています。2023年のALS協会の品質評価では、専門クリニックの78%がこの基準を満たしています。つまり、適切なタイミングで介入すれば、多くの患者が恩恵を受けられる体制ができています。

ALS患者がPEG管と携帯型人工呼吸器を使い、家族と笑い合う明るい光景。

よくある質問と誤解

「NIVは、話すのが難しくなる人には使えないの?」

いいえ。以前は、嚥下障害があるとNIVは効果がないと考えられていました。しかし、2013年の研究で、嚥下障害がある人でも、ない人と同じくらい生存期間が延びることが証明されています。マスクの種類やフィッティングを工夫すれば、誰でも使えます。

「PEGは怖い手術?」

PEGは、内視鏡を使って胃にチューブを通すだけの手術です。全身麻酔ではなく、局所麻酔と鎮静剤で行います。入院は1~2日で済み、合併症のリスクは非常に低いです。手術後のケアは、看護師が丁寧に指導してくれます。

「NIVを長く使うと、依存する?」

いいえ。NIVは、筋肉を休ませて、呼吸の負担を減らすための「補助」です。筋肉を弱めるのではなく、逆に、呼吸筋の疲労を防いで、長期的に機能を保つ助けになります。

次にできること

もし、あなたやご家族がALSと診断されたら、まず最初にすべきことは:

  1. 肺活量(FVC)を定期的に測る
  2. 体重を毎月記録する
  3. 朝の頭痛や日中の眠気があれば、すぐに医師に伝える
  4. NIVとPEGの説明を、症状が軽い段階で受ける
  5. 専門クリニックやALSサポートセンターに相談する

ALSは、病気そのものを止めることはできません。でも、その進行を遅らせ、生活の質を守ることは、十分に可能です。NIVとPEGは、そのためにある、科学的に証明された最強のツールです。諦めずに、正しい選択を続けてください。

ALSでNIVを始めるタイミングはいつがベストですか?

症状が出たとき、または肺活量(FVC)が80%以下になった時点で始めるのが推奨されています。朝の頭痛、日中の眠気、息切れ、夜間の低酸素が見られたら、すぐに医師に相談してください。早期に始めれば、生存期間が平均7か月以上延びます。

PEG管はいつ入れるべきですか?

体重が減り始める前、または肺活量が50%以下になる前に、BMIが18.5未満になる前に、PEGを済ませるのが理想です。6か月で体重が12%以上減る人は、すでに栄養状態が悪化しています。早めの介入で、生存期間が約120日延びることが研究で確認されています。

NIVは昼間も使えるの?

はい。標準的なBiPAPは夜間用ですが、Trilogy 100/106のような携帯型人工呼吸器なら、昼間も使えます。バッテリーで8~12時間動くので、外出や家の中の移動中にも使えます。呼吸がさらに弱ってきた段階で、日中も使用することで、日常生活の質が大きく向上します。

NIVのマスクで顔に跡が残るのですが、どうすればいいですか?

マスクのサイズや形を変える、シリコン製のパッドを使う、皮膚に保湿クリームを塗る、1日数回マスクを外して休憩する、といった対策があります。専門の呼吸療法士に相談すれば、個人に合ったマスクの選び方やフィッティング方法を教えてくれます。顔の皮膚のダメージは、初期の段階で対策すれば防げます。

NIVとPEGの費用はどのくらいかかりますか?

BiPAP装置は12万~25万円、Trilogyのような高機能機器は60万~100万円程度です。PEG手術は保険適用で、自己負担は数万円です。マスクやチューブの交換は3~6か月ごとに1万~3万円かかります。日本では、高額療養費制度や障害者支援制度で、経済的負担は軽減されています。医療相談員に相談して、支援制度を活用してください。

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