小児の手術や検査の前には、大人とは違う準備が必要です。子どもは体の仕組みが未発達で、不安も強く、薬の反応も大人とは異なります。だからこそ、術前薬の使い方を正しく理解することが、安全な手術の第一歩になります。
なぜ小児には特別な術前準備が必要なのか
子どもは大人よりも胃の内容物が早く空になります。そのため、清涼飲料水は手術の2時間前まで飲んでも大丈夫です。一方、大人は4時間待つ必要があります。これは、小児の代謝が速く、胃が短時間で空になるからです。
でも、固い食べ物やミルク、粉ミルクは違います。12ヶ月以上の子どもは、手術の前日午後12時以降は一切食べさせてはいけません。ミルクや粉ミルクは手術の6時間前まで、母乳は4時間前までならOKです。これを守らないと、手術中に胃の内容物が肺に入り、重い肺炎を引き起こすリスクがあります。
さらに、子どもは不安で泣き叫ぶことが多く、そのストレスが麻酔の反応を悪くします。研究では、術前薬を使わなかった子どもでは、手術後の行動の乱れ(夜泣き、怖がり、拒否行動)が37%も減るというデータがあります。これは、オーストラリアのロイヤル・チルドレンズ・ホスピタルでの長期観察結果です。
よく使われる術前薬とその使い方
小児の術前薬として、最もよく使われるのはミダゾラムです。これは、不安を和らげ、記憶を一時的に抑える効果があります。子どもには、体重1kgあたり0.5~0.7mgを経口で与えます。最大量は20mgまでです。薬は手術の20~30分前に飲ませます。
でも、子どもが薬を飲まない場合はどうしますか?その場合、鼻から噴霧する経鼻ミダゾラムが使われます。用量は体重1kgあたり0.2mg、最大10mgです。効果は口から飲むのとほぼ同じですが、鼻の粘膜が刺激される子が12%ほどいます。その場合は、別の方法を考える必要があります。
さらに、非常に不安が強い子や、発達障害のある子には、筋肉注射のケタミンが使われます。用量は体重1kgあたり4~6mgです。この薬は、3~5分で効き始め、子どもが親のそばにいる間に「ぼんやりした状態」に移行させます。そのあと、手術室に運ばれるまで、親と離れずにいられます。ただし、手術後に幻覚や興奮が起きる「発覚性混乱」が8~15%の子どもに見られるので、看護師がしっかり観察する必要があります。
持続薬と慢性疾患の管理
子どもがてんかんの薬や喘息の薬を飲んでいる場合、手術当日も継続することが重要です。特に、てんかんの薬を止めると、手術中に発作が起きるリスクが高まります。アメリカの家庭医学会(AAFP)のガイドラインでは、てんかん薬は手術当日に少量の水と一緒に飲むように明確に指示されています。
喘息の子どもには、手術の数時間前に気管支拡張薬(吸入薬)を必ず使います。これは、手術中に気管が収縮して呼吸が苦しくなるのを防ぎます。ペンシルバニア小児病院のデータでは、この対応を徹底した病院では、手術中の気管支攣縮が40%も減りました。
最近では、糖尿病の治療薬であるGLP-1アゴニスト(セマグルタイドやエキセナタイド)にも注意が必要です。これらの薬は、胃の動きを遅くする作用があり、子どもでも胃の内容物が長く残る可能性があります。2023年の麻酔学会のガイドラインでは、セマグルタイドは手術の1週間前、エキセナタイドは3日前から中止するよう推奨されています。
親が知っておくべき7つのステップ
術前準備は、親が中心になって行う部分が大きいです。以下の7つのステップを、手術の前日までに確認してください。
- 子どもの病歴を整理する:アレルギー、過去の麻酔の反応、持病をメモしておく
- 行動の特徴を伝える:自閉症や発達障害、強い不安、薬を飲まない傾向がある場合は、必ず医師に伝える
- 薬のリストを確認する:手術当日も飲む薬と、止める薬を病院から渡されたリストで確認する
- 空腹時間のルールを守る:固い食べ物、ミルク、母乳、清涼飲料水の時間帯を厳守する
- 術前薬の使い方を理解する:飲み薬か鼻薬か、いつ、どれだけ与えるかを看護師に確認する
- 同意書にサインする:麻酔のリスク、薬の副作用、緊急時の対応について説明を受けてからサインする
- 手術当日の準備を整える:着替え、お気に入りのおもちゃ、水分を用意して、時間に余裕を持って病院へ
よくある間違いとその対策
親が最も間違えるのは、「清涼飲料水」の定義です。多くの家庭がオレンジジュースやスポーツドリンクをOKだと思っていますが、これらは果肉や糖分が多すぎてNGです。許されているのは、水、ペディアライト、サイダーや7-Up、リンゴジュース(果肉なし)だけです。2022年のテキサス小児病院の調査では、28%の親がこの点で混乱していました。
また、薬の量を「大人の半分」で計算する人がいます。これは危険です。小児の薬の量は体重1kgあたりの単位で決まります。たとえば、15kgの子どもに20mgのミダゾラムを与えるのは、体重が25kgの子どもと比べて、1kgあたりの量が多すぎます。薬の量は、必ず看護師や薬剤師と確認してください。
さらに、てんかん薬を「手術の日は飲まないほうがいい」と思い込む親がいます。しかし、これは大きな誤解です。てんかん薬を中止すると、手術中に発作が起きるリスクが高まります。医師の指示に従って、水と一緒に飲むのが正解です。
病院の違いと最新のトレンド
アメリカの小児病院では、主に3つのガイドラインが使われています。ペンシルバニア小児病院(CHOP)の方法は、入院手術に強く、手術のキャンセル率を22%減らしました。ロイヤル・チルドレンズ・ホスピタル(RCH)の方法は、行動面での効果が高く、不安スコアを3.1にまで下げました。テキサス小児病院の方法は、外来手術に特化し、92%の親がルールを守りました。
最近では、スマートフォンアプリを使って術前準備をサポートする病院が増えています。薬の服用時間や空腹時間のアラート、手術前のチェックリストを送ってくれるアプリは、2023年時点で78%の主要病院で導入されています。これで、親の混乱は大きく減っています。
一方で、地方の病院では、小児麻酔の専門医が不足しているため、薬の誤用量やルールの抜けが依然として問題です。麻酔学会のデータでは、17%の病院で毎月少なくとも1回の薬のミスが起きています。そのうち32%はてんかん薬の誤った中止、27%は薬の量の計算ミスです。
最後に:親ができること
手術の前日は、子どもに「痛くないよ」「大丈夫だよ」と言い聞かせるだけでは足りません。薬の時間、食べ物の制限、不安の対処法を、具体的に伝える必要があります。子どもが「何が起こるのか」を理解できるように、絵本や動画を使って説明するのも効果的です。
そして、何より大切なのは、親自身が冷静であること。子どもは親の不安を敏感に感じ取ります。あなたが落ち着いていれば、子どもも安心します。病院のスタッフは、あなたと一緒になって子どもを守るためにいます。質問は遠慮せず、どんな小さなことでも聞いてください。あなたの声が、子どもの安全を守る鍵になります。
小児の術前薬は必ず必要ですか?
必ずしも必要ではありませんが、多くの子どもにとって非常に有効です。特に、3歳以下や不安が強い子どもでは、薬を使わないと手術室に入るまでに激しく泣き叫び、麻酔の開始が遅れたり、血圧や心拍数が急激に上がったりします。薬を使うことで、子どもは穏やかに眠りに落ち、親と離れるストレスが大きく減ります。
ミダゾラムの副作用はありますか?
はい、あります。主な副作用は、眠気、めまい、吐き気です。まれに、逆に興奮や暴れるような反応(パラドキサル反応)が起こることがあり、これは5~10%の子どもに見られます。この場合、医師は別の薬(例:ケタミン)に切り替えます。鼻から噴霧した場合、鼻の粘膜が赤くなることもあります。
手術当日、風邪をひいていたらどうすればいいですか?
風邪の症状(鼻水、咳、発熱)がある場合は、必ず病院に連絡してください。特に、喘息や気管支炎の既往がある子どもでは、手術を延期することがあります。麻酔のリスクが高まるためです。症状が軽くても、医師が判断します。無理に手術を進めると、術後に呼吸困難や肺炎を起こす可能性があります。
母乳を飲ませていいのは何時までですか?
母乳は、手術の4時間前までならOKです。たとえば、朝9時に手術なら、午前5時までに母乳を飲ませてください。それ以降は、水や清涼飲料水だけにします。母乳は固形物と同様に胃に長く残る可能性があるため、4時間以上空ける必要があります。
手術の前に子どもが薬を吐いてしまったらどうしますか?
吐いてしまった場合は、すぐに看護師に知らせてください。薬の量が足りていないと、手術中に子どもが激しく動いてしまう可能性があります。看護師は、薬の種類や時間、吐いた量を確認して、追加で薬を出すか、別の方法(鼻薬や注射)に変更するかを判断します。自分で再投与しないでください。
自閉症の子どもには特別な準備が必要ですか?
はい、必要です。自閉症の子どもは、環境の変化や予定の変更に非常に敏感です。ロイヤル・チルドレンズ・ホスピタルのデータでは、40%の子どもが、通常の準備では不安が高まりすぎます。そのため、手術の4時間前にクロニジンという薬を少量(体重1kgあたり4マイクログラム)で与えることで、不安を軽減します。また、手術室の明かりを暗くしたり、お気に入りのおもちゃを持ち込めるようにするなどの工夫も重要です。
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