札幌ビタミンC薬局
CIS(臨床的孤発症候群)における神経心理学的検査の役割:早期発見と予後予測の実践ガイド
中原 美紗

中原 美紗

初発の視神経炎や脳幹症状でCIS(臨床的孤発症候群)と告げられたとき、多くの人が気にするのは「多発性硬化症(MS)に進むのか」と「仕事や日常に支障が出るのか」です。見逃されがちなのが、運動や感覚よりも先に静かに進む“認知の変化”。ここを素早く、客観的に、繰り返し測れるのが神経心理学的検査です。この記事では、CISで何をいつ測るか、どのテストを選ぶか、結果をどう治療と生活支援に結びつけるかを、現場ですぐ使える形でまとめます。過度な期待は禁物ですが、正しい手順を踏めば、予後予測と早期介入の質が一段上がります。

TL;DR/要点サマリー

クリックして知りたかったことに、まず短く答えます。

  • CISでも約20〜35%で処理速度などの認知低下が見つかる。見逃すと復職・学業・QOLの落ち込みが大きい。
  • 最小構成はSDMT+記憶(CVLT-II/BVMT-R)+注意/実行機能(TMTやStroop)。所要20〜30分のBICAMSが汎用。
  • ベースライン(診断時)→6〜12カ月→年1回が基本。治療変更時や再発時も再評価。
  • 有意な低下の目安はSDMTで4点または10%低下。抑うつ・疲労・睡眠の影響は必ずスクリーニング。
  • 認知低下はMS移行リスクやMRIの深部灰白質萎縮、血清NfL上昇と関連(複数研究)。早期DMT導入やリハで改善余地あり。

実装ステップ:CIS診療に“認知”を組み込む方法

目的は3つ。1) 初期ダメージの可視化、2) 進行の早期検知、3) 生活と治療の意思決定支援。やることはシンプルです。

  1. はじめに決めること(外来フロー設計)
    • 検査タイミング:診断時(または発症後3カ月以内)をベースライン。次は6〜12カ月、その後は年1回。
    • 担当:心理士/作業療法士/検査トレーニング済みスタッフ。結果の説明は神経内科医と共有。
    • 同時に取る共変量:抑うつ(PHQ-9/HADS)、不安(GAD-7)、疲労(MFIS/FSS)、睡眠(PSQI)、教育年数/職業。
  2. バッテリーを選ぶ(20〜30分で回せる現実路線)
    • 処理速度:SDMT(口頭版/筆記版)
    • 言語記憶:CVLT-II(短縮版でも可)
    • 視覚記憶:BVMT-R
    • 代替・補助:TMT-A/B、Stroop、PASAT(疲労を強めるので慎重に)
    • 短時間ならBICAMS(SDMT+CVLT-II+BVMT-R)が定番。日本語版の利用可否を確認。
  3. 測定条件を整える(誤判定を防ぐ)
    • 発熱・再発直後・極端な睡眠不足を避ける。服薬(鎮静性)も記録。
    • 検査は午前帯、45〜60分で完了。休憩を挟み、順序は固定。
    • 再検時は同条件を再現。学習効果を見込んだ解釈(等価版がある場合は交互使用)。
  4. 判定のルール(Zスコアと臨床的意味)
    • 各テストを年齢・教育年数で標準化(Zスコア)。-1.0未満を軽度低下、-1.5未満を明確な低下の目安。
    • 縦断での有意低下:SDMTは4点または10%のドロップを警戒ラインとして扱うのが実務的。
    • 領域横断の判定:2領域以上でZ≤-1.0なら介入検討。1領域でも機能障害を伴えば同様。
  5. 治療と支援につなぐ
    • 疾患修飾療法(DMT):MRI活動性や寡多髄液オリゴクローナルバンド、血清NfLと併せて総合判断。認知低下が悪化傾向なら早期強力療法を検討。
    • ノンファーマ:認知リハ(処理速度トレーニング)、就労支援(業務の負荷設計、在宅・柔軟勤務)、睡眠・運動・ビタミンD最適化。
    • 説明:本人と家族に“見える化”して共有。目標設定(例:SDMT+3点、タイピング精度95%)を短期・中期で。

何を測る?推奨テスト、時間、カットオフ、読み解き方

CISで頻度が高いのは、処理速度の低下、エピソード記憶(言語・視覚)、注意・実行機能の軽度障害です。ここでは“使える道具”の中身を、現実の外来時間に合わせて整理します。

ドメイン 推奨テスト 時間 有意低下の目安 現場のコツ
処理速度 SDMT 5分 Z≤-1.0(横断)/4点or10%低下(縦断) 最も敏感。口頭版は視力の影響が少ない。
言語記憶 CVLT-II(短縮可) 10-15分 Z≤-1.0 学習曲線を見る。抑うつの影響を考慮。
視覚記憶 BVMT-R 10分 Z≤-1.0 視神経炎後は適切な照明と距離で。
注意・セット転換 TMT-A/B 5-7分 Z≤-1.0/B-A差も評価 衝動性・視空間の影響もメモ。
抑制・選択的注意 Stroop 5分 Z≤-1.0 色覚の確認。疲労でばらつきやすい。

解釈の柱は「一貫性」と「臨床的関連性」です。単発のZ≤-1.0は“サイン”。複数領域の低下や、本人が困っている機能(仕事の速度、マルチタスク、記憶ミス)と一致するなら“シグナル”。また、縦断での小さな悪化でも、MRIで新規T2病変や脳萎縮の進行、血清NfLの上昇が並ぶときは、治療の見直しを真剣に検討します。

参考となるエビデンス:

  • 認知障害の有病率:CISで約20-35%(Amatoら 2010; Ruetら 2013; Plancheら 2016)。
  • 処理速度(SDMT)はCIS/早期MSで最も安定した指標(Benedictら 2017 BICAMS国際コンセンサス)。
  • 認知低下は深部灰白質(視床)容積低下や拡散異常と相関(Rocca/MAGNIMS 2015-2021)。
  • 血清NfLは疾患活動性と関連し、認知とも連動する報告(Kuhleら 2019; Barroら 2020)。
  • MS診断基準の枠組み:2017 McDonald基準(Thompsonら 2018)。CIS段階でもリスク層別化が鍵。
ケースで学ぶ:判断・治療・生活支援のつなぎ方

ケースで学ぶ:判断・治療・生活支援のつなぎ方

具体例のほうが腹落ちします。実際に近い3つのシナリオで考えます。

  • ケース1:視神経炎のCIS、業務の遅れが目立つ20代
    ベースライン:SDMT Z=-1.2、CVLT-II Z=-0.5、BVMT-R Z=-0.7。MRIは視神経炎所見+脳内T2病変2個、CSF OCB陽性。6カ月:SDMTが-4点(10%低下)、新規T2病変1個。仕事でメール返信と文書作成が遅い。
    対応:DMTの早期強化を選択。就労面は「朝のコア業務」「通知オフ」「会議は30分」を試行。認知リハは週2の処理速度トレーニング。3カ月でSDMT+3点、自己効力感が戻る。
  • ケース2:感覚障害のCIS、学業中の30代院生
    ベースライン:SDMT Z=-0.8、CVLT-II Z=-1.3、BVMT-R Z=-1.1。抑うつ軽度(PHQ-9=7)。MRIは病変散在。
    対応:言語・視覚記憶の弱さに焦点。講義録音と“想起練習”をセット、学習はポモドーロ法25分。抑うつには軽運動と睡眠介入。6カ月でCVLT-II Z=-0.8へ改善、研究の期限遵守率が上がる。DMTは活動性低いが、本人の希望で導入。
  • ケース3:症状は軽快、でも疲れやすい40代会社員
    ベースライン:SDMT Z=-0.6、他は正常。疲労(MFIS高値)。MRIは静穏。
    対応:病的認知低下はなし。疲労マネジメント(ペーシング、クーリング、昼寝15分上限)を優先。テストは年1回のフォロー。仕事は「午後の高負荷作業を避ける」だけでパフォーマンスが安定。

ポイントは、検査結果を“数値で語る”だけで終わらせないこと。本人の目標(仕事、育児、研究、資格試験)に直結する小さな介入を即日提案し、次回までの実験計画に落とす。これが継続の原動力になります。

チェックリスト&実務チートシート

忙しい外来でそのまま使える形に圧縮しました。印刷してカルテ裏に貼ってもOK。

  • 誰をいつ測る?(意思決定ツリー)
    • CIS診断時は全員ベースラインを取る
    • 次のどれかがあれば6-12カ月で再検:MRI新規病変/血清NfL上昇/復職・復学の予定/自覚的な遅さ・物忘れ
    • 年1回の定期検査を基本。治療変更・再発・重い疲労時も追加。
  • 最低限キット(20-30分)
    • SDMT、CVLT-II、BVMT-R(=BICAMS)
    • 補助:TMT-A/B、Stroop
    • 併用スクリーニング:PHQ-9、MFIS、PSQI
  • 警戒ライン(アラート)
    • SDMT 4点または10%低下(縦断)
    • 2領域以上でZ≤-1.0(横断)
    • 本人の新たな機能障害(締切遅延、ケアレスミス増加)
  • よくある落とし穴
    • 視力低下や色覚異常を補正せずに視覚テストを実施
    • 抑うつ・疲労を“性格”で片付けて共変量に入れない
    • 学習効果を無視して短期間に同一版で再検
    • 数字だけで説明して、生活の具体策に落とさない
  • プロの小ワザ
    • SDMTは最初の30秒と後半30秒の差も記録(持久力のヒント)。
    • 本人が大事にする指標(タイピング速度、メール未処理数)を“第4のアウトカム”に。
    • MRIは視床・尾状核など深部灰白質のボリュームもレポート依頼。
指標 CISでの所見 予後との関係 代表的エビデンス
SDMT 20-30%で低下 低値はMS移行・萎縮進行と関連 Benedict 2017; Amato 2010; Ruet 2013
記憶(CVLT-II/BVMT-R) 10-25%で低下 日常機能低下と関連 Planche 2016; BICAMS国際データ
血清NfL 活動性で上昇 高値は認知悪化と併走 Kuhle 2019; Barro 2020
MRI深部灰白質 視床容積の早期低下 処理速度と相関 Rocca/MAGNIMS 2015-2021

数字は施設や母集団でぶれます。大切なのは、同じ人の“軌跡”を同じ物差しで追うことです。

FAQ&次の一手/トラブルシューティング

よく出る疑問と、状況別の打ち手をまとめました。

  • Q. CISで標準的に必須ですか?
    A. ガイドラインで「絶対必須」とは言い切られていませんが、早期からの認知低下は珍しくなく、治療と就労・就学の意思決定に役立つので、ベースライン取得は強く推奨します。
  • Q. どのくらいの変化なら“本物の悪化”?
    A. SDMTなら4点(または10%)低下を目安に。できれば練習効果を補正した信頼性変化指標(RCI)で判定します。
  • Q. 疲労や抑うつの影響をどう分ける?
    A. 同日にPHQ-9、MFIS、PSQIを取り、カットオフ超えの場合はまずそちらを介入。再評価で持続する低下のみを“器質的”と見ます。
  • Q. 視神経炎後で視覚テストが不利では?
    A. その通り。視力補正、適切な照明・距離、口頭版SDMTの併用でバイアスを減らします。
  • Q. BICAMSで十分? もっと詳しくやるべき?
    A. 外来ではBICAMSで十分なことが多いです。仕事で実行機能が問題ならTMT-BやStroopを足します。研究や訴訟など厳密さが要るなら包括的バッテリーを。
  • Q. 認知低下が見つかったらDMTをすぐ強化?
    A. 単独では決めません。MRI・CSF・NfL・再発歴と合わせて総合判断。複数指標で進行の一致があるときは強化の議論を。
  • Q. 在宅や遠隔でできますか?
    A. SDMTは遠隔版のエビデンスが増えています。環境コントロール(静音、回線、カメラ位置)と同一条件の再現を徹底すれば、有用なトラッキングが可能です。

状況別の次の一手

  • 患者さんに“伝わる”説明がしたい:グラフで自分のスコアの推移と同年代平均を示し、今日からできる2つの具体策(例:通知オフ時間/25分学習)を紙で渡す。
  • 時間がない:BICAMSだけ先に実施。抑うつ・疲労は超短縮版(PHQ-2、FSS-9)。次回に詳細。
  • 結果がバラつく:睡眠・服薬・時間帯・カフェインを記録してプロトコル化。同条件で再検。
  • 院内に実施者がいない:看護師・リハ職に30-60分のトレーニング。等価版の管理と手順書を作る。
  • 保険・コストが気になる:短時間テストを主軸にし、必要時のみ包括バッテリーへ段階的に。

最後に、CISの“いま”をもう一度。認知のサインは小さく、でも生活への影響は大きい。検査で見える化し、治療・リハ・働き方に素早くつなぐ。この地道なループが、MS移行の抑制とQOLの維持に寄与します。神経心理学的検査は、そのループの最初のスイッチです。

人気のタグ : 臨床的孤発症候群 神経心理学的検査 SDMT BICAMS 多発性硬化症 予後


コメントを書く