世界中で年間830億ドルもの偽薬が流通している。そのほとんどが、医療資源が限られる発展途上国で売られている。世界保健機関(WHO)の2023年報告によると、低所得・中所得国では、医薬品の10%以上が品質が劣るか、偽造されている。これは、単なる商売の不正ではなく、命を奪う危険な現実だ。
偽薬とは何か?
偽薬は大きく2つに分けられる。一つは「偽造医薬品」、もう一つは「劣化医薬品」だ。偽造医薬品は、製造元や成分、効果を意図的に偽ったもの。パッケージは本物と90%以上似せられていて、医師や薬剤師でも見分けがつかないほど精巧だ。劣化医薬品は、正規の製品だが、保管や輸送の不備で効果が失われたもの。どちらも、患者が「薬を飲んだ」と思っても、効かない、あるいは毒になる。
偽薬の成分は、実に多様だ。30%は有効成分が全く入っていない。45%は正しい量が入っていない。25%は、アスベストやアンチモン、砒素といった有毒物質が混入されている。ある研究では、偽造抗マラリア薬の87%が、感染を抑えるのに必要な有効成分を十分に含んでいなかった。つまり、患者は薬を飲んでいるつもりで、実は病原体は体の中で増殖し続けている。
命を奪う具体的な被害
偽薬の影響は、数字では語りきれないほど深刻だ。WHOは、サハラ以南のアフリカで、偽造抗マラリア薬が原因で年間11万6,000人以上が亡くなっていると推定している。その多くは、5歳以下の子どもたちだ。OECDの報告では、偽薬が原因の肺炎の治療失敗で、年間7万2,000~16万9,000人の子どもが命を落としている。
2012年、パキスタンのラホールでは、心臓病の薬に過剰な量の有効成分が混入していたことが判明。200人以上が死亡した。薬は公的病院で配布されていた。品質管理の穴が、直接的な殺人につながった。
2022年には、複数の国で偽造がん薬が流通。患者は「効かない」と感じながらも、治療を続け、がんは進行した。多くの家族が、薬を飲んだからこそ、病気が悪化したと語っている。
なぜ偽薬は広がるのか?
偽薬のビジネスは、利潤が巨大だ。国際警察(インターポール)の2025年報告によると、偽薬のマージンは9,000%にもなる。本物の薬が1ドルで売られているなら、偽物は10セントで作られ、10ドルで売られる。リスクは低い。逮捕される確率は、麻薬や武器の密売と比べてはるかに低い。
供給チェーンも複雑だ。偽薬は、製造元から消費者に届くまで、5~7人の仲介者を経る。それぞれの段階で、薬が入れ替えられ、劣化する。発展途上国では、正規の薬が本物の3~5倍の価格で売られている。貧しい家庭にとって、偽薬は「安い選択肢」に見える。でも、それは「命を買う」代償だ。
偽薬の主要な供給源と流通ルート
世界の高精細偽薬の78%は、中国で生産されている。しかし、流通は地域ごとに分かれている。バングラデシュ、レバノン、シリア、トルコが、アフリカや南アジアへの主要な中継地だ。これらの国々では、規制が緩く、国境の監視が不十分だ。
東南アジアでは、マラリア薬の50%が偽物だとされる地域もある。アフリカでは、偽薬の割合が全体の18.7%に達している。これは、正規の薬よりも偽薬の方が市場を支配していることを意味する。
偽薬は、オンラインで簡単に手に入る。SNSや偽の薬局サイトを通じて、スマートフォンで注文できる。2024年の調査では、東南アジアのオンライン薬局の否定的レビューの68%が、「偽薬の疑い」を挙げていた。中には「水に溶けてしまった」「全く効かない」という声が多数ある。
検出は可能か?
偽薬を見分ける方法はいくつかあるが、どれも簡単ではない。
- **目視チェック**:パッケージの色や文字のズレを確認。効果は30%未満。
- **化学検査キット**:5~10ドルで購入可能。70%の精度。しかし、発展途上国の75%の医療施設には、これを使う技術や電力がない。
- **分光分析**:95%の精度。でも、1台100万円以上。農村部の病院には、一台も設置されていない。
- **ブロックチェーン認証**:ファイザーなどの大手製薬会社が導入。製品の流通経路をデジタルで追跡できる。WHOは2025年3月、世界規模のデジタル認証プラットフォームを開始。27カ国で運用中。
しかし、最も効果的な方法は、モバイルでのSMS認証だ。ガーナの「mPedigree」システムでは、薬のパッケージに書かれたコードを携帯に送ると、本物かどうかが即座に返信される。4.2点(5点満点)の評価で、1万5,000件以上のレビューがある。あるガーナの母親は、「このシステムが、子どもの命を救った」と語っている。
でも、問題がある。識字率の低い地域では、28%の人がこのシステムを使いこなせない。電気も、水道も、インターネットもない場所では、スマホで検証するのは不可能だ。
解決への道
解決には、技術だけでは不十分だ。制度と教育、そして国際的な協力が必要だ。
- **医療従事者のトレーニング**:40~60時間の訓練で、基本的な偽薬の見分け方を教える。アフリカの一部地域で、こうしたプログラムを導入した結果、偽薬の使用が37%減った。
- **太陽光で動く検査機器**:電力が不安定な地域で、太陽光で動く簡易検査装置を導入。12カ国で実証され、85%の稼働率を維持。
- **国際条約の実効性**:「メディクライム条約」は76カ国が署名したが、そのうち45カ国しか国内法に取り入れていない。条約があっても、執行されなければ意味がない。
- **正規薬の価格引き下げ**:WHOは、正規薬の価格を抑えるための補助金制度を提唱している。偽薬が安いのは、正規薬が高すぎるからだ。
2026年、EUは30の発展途上国に2億5,000万ユーロを投じ、医薬品のサプライチェーンを強化する計画を発表した。これは、大きな一歩だ。
今、私たちにできること
偽薬の問題は、遠い国の話ではない。グローバルな供給網の中で、偽薬は世界中を移動する。日本で使われる薬の原料の一部は、偽薬が流通する国から輸入されている可能性がある。
個人レベルでは、以下を心がけてほしい。
- ネットで買った薬は、絶対に飲まない。
- 薬局で薬を買うときは、パッケージの文字や色を確認する。
- 効かないと思ったら、すぐに医師に相談する。
- 偽薬の疑いがある場合は、国やWHOの通報窓口に知らせる。
偽薬は、医療の「信頼」を壊す。患者が薬を信じられなくなると、治療は成り立たない。医師が「この薬は効く」と言えなくなると、医療システムは崩れる。
WHOのテドロス事務局長はこう言った。「偽薬は、弱い医療システムの結果であると同時に、その弱さをさらに深める原因だ。」
この問題を解決するのは、誰かの責任ではない。私たち一人一人の意識と行動が、命を守る最初のステップだ。
偽薬はどのようにして見分けることができますか?
パッケージの色、文字のズレ、封筒の接着部分の不自然さをチェックする。薬の形状や色が通常と違う場合、疑うべきです。モバイルアプリやSMS認証システム(例:mPedigree)を使うと、本物かどうかを確認できます。ただし、これらのシステムは電気やインターネットが必須で、農村部では使えない場合が多いです。
偽薬は本当に命を奪うのですか?
はい。偽薬には有効成分が含まれていない、または毒物が混入していることがあります。WHOのデータでは、偽造抗マラリア薬が原因でアフリカだけで年間11万6,000人以上が死亡しています。また、偽薬による治療失敗が原因で、肺炎で年間7万2,000~16万9,000人の子どもが亡くなっていると推定されています。
日本でも偽薬の問題はありますか?
日本では、正規の医薬品市場での偽薬の割合は約1%と非常に低く、厳格な品質管理が行われています。しかし、インターネットを通じて海外から購入した薬に偽物が含まれているケースは報告されています。海外のウェブサイトで購入した薬は、絶対に使用しないでください。
偽薬の原因はどこにあるのですか?
主な原因は、発展途上国での医療制度の弱さ、規制の不備、貧困、そして高利益の犯罪ビジネスです。正規薬が高価で手に入りにくく、偽薬が安価に流通する環境が整っていることが、問題を悪化させています。中国が高精細偽薬の78%を製造しており、バングラデシュやトルコなどが流通ルートとして使われています。
偽薬の問題を解決するためには何が必要ですか?
国際的な協力、医療制度の強化、正規薬の価格引き下げ、そして市民への教育が不可欠です。テクノロジー(ブロックチェーン、モバイル認証)は有効ですが、電力やインターネットが使えない地域では、人間の目と信頼できる薬局が最も重要な防衛線です。医療従事者へのトレーニングと、国民への啓発活動が、長期的な解決につながります。
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