2型糖尿病:インスリン抵抗性と代謝機能障害症候群の正体

2型糖尿病は、単なる「血糖が高い病気」ではありません。それは、体の細胞がインスリンに反応しなくなるインスリン抵抗性から始まり、次に膵臓のインスリンをつくる細胞が疲れて機能を失う、という二段階の病気です。このプロセスの背後には、代謝機能障害症候群(旧称:代謝症候群)という、全身の代謝が乱れる状態が隠れています。日本を含むアジアでは、特に腹部に脂肪がたまる体型の人が、この病気のリスクを高めています。

インスリン抵抗性とは、何が起きているのか

インスリンは、膵臓のβ細胞が作る、血糖を細胞の中に取り込むためのホルモンです。正常なら、食事で血糖が上がると、インスリンが出て、筋肉や脂肪、肝臓の細胞がそれを吸収してエネルギーに変えます。

しかし、長年にわたって過剰な糖や脂質を摂り続けると、これらの細胞はインスリンのサインを「聞こえにくく」なります。これがインスリン抵抗性です。細胞がインスリンに反応しなくなると、血糖は血液の中にたまり続けます。すると、膵臓は「もっと出せ!」と必死になって、より多くのインスリンを分泌します。この状態を「高インスリン血症」といいます。

この段階では、まだ血糖値は正常範囲内に保たれています。でも、体はすでに限界に近づいています。脂肪細胞は炎症を起こし、肝臓には脂肪がたまり始め、筋肉にも脂質が沈着します。この状態が続くと、細胞内では酸化ストレスや内質ストレスが蓄積し、インスリンの信号伝達がさらに悪化します。これが、2型糖尿病への道を着実に進んでいるサインです。

代謝機能障害症候群:単なる肥満ではない危険信号

2024年、国際的な専門家たちは「代謝症候群」の呼び名を「代謝機能障害症候群(MDS)」に変更することを提案しました。なぜなら、これは単に「数値がいくつか高い」状態ではなく、体の代謝システムが根本的に機能不全に陥っているからです。

診断には、以下の5つの要素のうち、3つ以上が必要です:

  • 腹部肥満:日本人男性でウエスト90cm以上、女性で80cm以上
  • 中性脂肪:150mg/dL以上
  • HDLコレステロール:男性で40mg/dL未満、女性で50mg/dL未満
  • 血圧:130/85mmHg以上
  • 空腹時血糖:100mg/dL以上

ここで重要なのは、この5つの要素が「一緒に」存在するとき、単独で存在するよりもはるかに大きなリスクを持つということです。たとえば、血圧が少し高めでも、血糖が正常でも、単独では大きな問題にはなりません。でも、これらが全部揃うと、心臓病や脳卒中のリスクが2〜3倍に跳ね上がります。さらに、この状態の人は、2型糖尿病になる確率が5〜6倍も高くなります。

特に注意すべきは、肥満のすべての人がこの状態になるわけではないということです。体脂肪が腹部や肝臓に集中している人、つまり「内臓脂肪型肥満」の人が、最もリスクが高いのです。逆に、体型は普通でも、内臓脂肪が多い人は、代謝機能障害症候群を発症している可能性があります。これは、日本を含むアジア人では特に見られる特徴です。

2型糖尿病へと進む、決定的な瞬間

インスリン抵抗性と代謝機能障害症候群の段階では、まだ「糖尿病」ではありません。この段階は「前糖尿病」と呼ばれます。空腹時血糖が100〜125mg/dLの範囲です。

ここから糖尿病へ進むのは、膵臓のβ細胞が「もう限界」になったときです。インスリンを出し続けることで、β細胞は疲れ果て、機能が徐々に失われていきます。研究では、この機能低下は年間で4〜5%ずつ進むとされています。

そして、ある日、β細胞がインスリンを十分に出せなくなる瞬間が来ます。空腹時血糖が126mg/dL以上、または食後2時間の血糖が200mg/dL以上になると、2型糖尿病の診断基準を満たします。このとき、血糖値はもう、食事や運動だけではコントロールできなくなっています。

ここで勘違いしてはいけないのは、2型糖尿病の主な原因が「インスリンが足りない」ことではなく、「インスリンが効かない」ことから始まっている、ということです。80〜90%の2型糖尿病患者は、診断の前からすでにインスリン抵抗性を抱えていました。

健康な細胞と機能不全の細胞を対比したイラスト。インスリンの鍵が壊れ、糖が溜まっている様子。

なぜ一部の人は糖尿病になり、他の人はならないのか

同じ食生活を送っていても、糖尿病になる人とならない人がいます。その違いは、遺伝と脂肪の分布にあります。

特に、南アジア系(インド、バングラデシュ、スリランカなど)の人々では、体重がそれほど高くなくても、筋肉や肝臓に脂肪がたまりやすく、インスリン抵抗性が強く出やすい傾向があります。これは、体が脂肪を蓄える場所の遺伝的傾向によるものです。

また、2024年の研究では、肥満でない人でも、膵臓のβ細胞が先天的に弱い遺伝的変異を持っている場合、インスリン抵抗性が軽くても、すぐに糖尿病になる可能性があることが示されています。つまり、インスリン抵抗性が「主な原因」である一方で、β細胞の脆弱性が「決定的な引き金」になることもあるのです。

このため、最近の専門家たちは、「インスリン抵抗性だけがすべて」という見方を修正しています。代謝機能障害症候群の治療には、単に体重を減らすだけでなく、膵臓の機能を守ることも重要だと考えられています。

治療と予防:生活習慣がすべてを変える

2型糖尿病は、薬で治す病気ではありません。根本から改善できる病気です。

最も効果的なのは、生活習慣の変更です。アメリカの糖尿病予防プログラム(DPP)では、体重を7%減らし、週に150分の運動を続けることで、2型糖尿病の発症リスクを58%も減らすことができました。これは、薬よりも効果的です。

具体的な目標は:

  • 体重を5〜7%減らす(特にアジア人はこの目標が重要)
  • 週に150分、早歩きや水泳、自転車などの中強度の運動
  • 糖質の過剰摂取をやめ、精製された炭水化物(白米、パン、パスタ、砂糖)を減らす
  • 食物繊維を増やす:野菜、豆類、全粒穀物
  • 睡眠不足やストレスを減らす:これらもインスリン抵抗性を悪化させます

薬物療法では、メトホルミンが最初に使われます。これは、インスリンの働きを改善し、肝臓での糖の過剰生成を抑える薬です。DPPでは、メトホルミンで31%の発症リスクを減らすことができました。

近年、GLP-1受容体作動薬(セマグルチドなど)が注目されています。この薬は、インスリンの分泌を促すだけでなく、食欲を抑えて体重を減らす効果があります。臨床試験では、68週間で平均14.9%の体重減少が報告されており、多くの患者で糖尿病の寛解(症状がなくなる状態)が達成されています。

前糖尿病の選択肢を示す道のイラスト。健康的な生活と不健康な生活の対比。

今後の展望:新しい診断と治療の時代

2025年には、欧州糖尿病研究協会が「代謝機能障害症候群」の新しい診断基準を提案する予定です。これにより、早期発見と早期介入がさらに進むでしょう。

また、ステムセルから作られた膵臓β細胞を移植する治療(VX-880)が、臨床試験で71%の患者でインスリン注射なしで血糖をコントロールできるという結果を出しています。これは、将来的に2型糖尿病の「根治」につながる可能性を秘めています。

一方で、日本を含むアジアでは、食生活の西洋化と運動不足が進んでいます。2050年までに、アメリカでは3人に1人が糖尿病になると予測されています。日本でも、高齢化と肥満の増加が、この病気の爆発的増加を引き起こすリスクを抱えています。

でも、希望はあります。生活習慣を変えることで、2型糖尿病の発症を40〜60%減らすことができるという研究結果があります。それは、あなたが今、何を食べるか、どれだけ動くか、どれだけよく眠るか、という日々の選択にかかっているのです。

あなたの体が教えてくれるサイン

多くの人が、自分が代謝機能障害症候群や前糖尿病であることに気づきません。なぜなら、症状がほとんどないからです。でも、次のようなサインがあれば、注意が必要です:

  • 体重が減らない、あるいは減ってもすぐ戻る
  • 食事の後、強い眠気やだるさが来る
  • 空腹感がずっと続く、間食がやめられない
  • 腹部に脂肪がたまりやすい
  • 血圧や中性脂肪の数値が、検診で「ちょっと高め」と指摘された

これらのサインは、単なる「不調」ではありません。体が「もう限界です」と叫んでいるサインです。

インスリン抵抗性は、どんな検査でわかりますか?

直接的な検査はなく、通常は代謝機能障害症候群の診断基準(ウエストサイズ、血糖、中性脂肪、HDL、血圧)から推測されます。専門的な検査として、インスリンの空腹値を測る方法もありますが、一般の健診では行われません。代わりに、空腹時血糖が100mg/dL以上、HbA1cが5.7%以上なら、インスリン抵抗性の可能性が高いと判断されます。

代謝機能障害症候群は、薬で治せますか?

薬で「治す」ことはできません。メトホルミンやGLP-1受容体作動薬は、症状を改善し、糖尿病への進行を遅らせる効果がありますが、根本的な原因(過剰な食事と運動不足)を解決しません。治療の中心は、生活習慣の変更です。薬は、その手助けをするための補助的なツールです。

日本人は、なぜ2型糖尿病になりやすいのですか?

日本人は、体格が小柄で、筋肉量が比較的少ない傾向があります。そのため、同じ体重でも内臓脂肪がたまりやすく、インスリン抵抗性が起きやすい体質です。また、食事の糖質割合が高くなると、膵臓への負担が急激に増します。これが、欧米人と比べて、BMIが低くても糖尿病になりやすい理由です。

前糖尿病の段階で、どうすれば糖尿病を防げますか?

最も確実な方法は、体重を5〜7%減らすことと、週に150分の運動です。特に、食後1時間以内に30分歩くだけでも、血糖値の上昇を大きく抑えることができます。また、白米を玄米や雑穀に置き換える、甘い飲み物をやめる、夜遅くに食べない、という小さな変化が、長期的には大きな効果を生みます。

GLP-1受容体作動薬は、誰でも使える薬ですか?

GLP-1受容体作動薬は、2型糖尿病や肥満の治療に有効ですが、すべての人に適しているわけではありません。膵炎の既往歴がある人、甲状腺の腫瘍の家族歴がある人、重度の胃腸疾患のある人には使用が制限されます。また、価格が高く、長期的な使用には保険適用の条件があります。医師と相談して、あなたの状態に合った選択をする必要があります。

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