アメリカのジェネリック薬市場で、なぜ最初に申請した会社だけが180日間の独占販売権を手に入れるのか?これは単なる特権ではなく、法律が意図的に設計した仕組みです。1984年に成立したハッチ-ワクスマン法は、新薬メーカーの特許保護と、安価なジェネリック薬の早期市場投入という、二つの対立する目標をバランスさせるために作られました。この法律の核心にあるのが、最初のジェネリック申請者に与えられる180日間の市場独占権です。
なぜ最初の申請者だけが特別なのか
ジェネリック薬メーカーが新薬の特許をめぐって裁判を起こすのは、リスクが非常に高い行為です。開発には数年と数千万〜数億ドルの資金が必要で、裁判に負ければ、すべてが水の泡になります。そこで、法律は「最初に特許無効を主張した申請者」に、市場独占の報酬を与えることで、挑戦を促す仕組みを導入しました。この権利は、ANDA(Abbreviated New Drug Application)という簡略化された申請書を提出する際に、パラグラフIV認定という特別な声明を付けることで得られます。この声明とは、「この薬の特許は無効だ」「侵害しない」「執行できない」という法的主張です。最初にこの認定を含む申請を提出した企業だけが、180日間の独占権を獲得するのです。
この制度の目的は明確です。他のジェネリックメーカーが市場に参入するのを一時的に止めることで、最初の申請者が独占的に販売し、その利益で開発コストを回収できるようにする。その結果、消費者はより早く安価な薬を手に入れられるようになるのです。
180日はいつからカウントされるのか
ここが最も複雑な部分です。180日は「FDAの承認日」から始まるわけではありません。法律では、次のいずれかの早い方からカウントが始まります:- ジェネリック薬の商業販売を始めた日
- 裁判所が特許を無効、執行不能、または侵害しないと判断した日
つまり、裁判で勝った瞬間から、独占権のカウントがスタートする可能性があるのです。FDAは承認を出していなくても、裁判の判決が下れば、180日が動き始めるのです。
この仕組みには大きな問題があります。ある企業が裁判に勝ち、判決を得たのに、販売を1年も遅らせたとします。その間、他のジェネリックメーカーは市場に入ることができません。結果として、特許切れたはずの薬が、実質的に2年も独占状態が続くことになるのです。これは、法律の意図とは真逆の結果です。
「紙のジェネリック」の問題
この状況を業界では「紙のジェネリック(paper generic)」と呼びます。裁判に勝ったのに、販売をしない企業が、他の競合を市場から締め出す行為です。IQVIAのデータによると、2010年以降、パラグラフIV認定をしたジェネリックの約45%で、最初の申請者が販売を遅らせたり、まったく始めなかったケースがあります。その平均的な遅延期間は27ヶ月にも及びます。なぜこんなことが起きるのか? その理由の一つは、大手製薬会社が「認可されたジェネリック」(authorized generic)という戦略を使うからです。つまり、オリジナルメーカー自身が、自分の薬のジェネリック版を、最初の申請者の独占期間中に販売するのです。これにより、オリジナルメーカーは市場シェアを失うのを防ぎ、ジェネリックメーカーには「独占権を放棄して販売しないでくれ」という金銭的インセンティブを提供する場合もあります。Redditの匿名投稿では、「18ヶ月の遅延を買わせるために、5000万ドルを支払った」という声も実際にあります。
成功と失敗の実例
この制度の影響は、実際の売上データで明らかです。テバ製薬は2015年、心臓病の薬「コパゾン」のジェネリックを最初に発売し、180日間で12億ドルの売上を上げました。これは、他のジェネリックメーカーが参入できなかったからこそ可能な数字です。一方で、失敗例もあります。2017年、インスリン「グランジン」のジェネリック申請で、最初の申請者が販売を遅らせたため、サノフィが裁判で「独占権を失った」と主張。結果として、ジェネリックの市場参入は24ヶ月も遅れました。FDAはこのケースをきっかけに、制度の欠陥を正式に認めました。
改革の動きと未来
FDAは2022年、この制度の根本的な改革を提案しました。新しい案では、180日は「最初の販売開始日」からしかカウントされない、というルールに変更するつもりです。つまり、裁判で勝っても、販売しなければ独占権は発生しない、というものです。この改革が実現すれば、年間40〜50種類の薬で、ジェネリックの市場参入が6〜9ヶ月早まる可能性があります。消費者にとっては、年間12億〜18億ドルの医療費削減につながるでしょう。
しかし、大手製薬メーカーの団体PhRMAは反対しています。「この制度がなければ、ジェネリックメーカーは特許チャレンジをしなくなる」と主張しています。しかし、議会予算局(CBO)の分析では、現在の制度を維持すれば、10年間でメディケアの支出が130億ドル多くなると予測されています。
誰がこの制度を使えるのか
この制度は、大手ジェネリックメーカー(テバ、バイアトリス、サンダーズ)が独占しています。なぜなら、パラグラフIV認定を成功させるには、法律家、特許専門家、FDAの規制専門家がチームで動かなければならず、準備には18〜24ヶ月、500万〜1000万ドル以上の資金が必要だからです。小規模なジェネリック企業の多くは、この壁に阻まれます。FDAの小規模企業支援プログラムはありますが、利用しているのは15%にすぎません。複雑すぎるからです。
また、同じ日に複数の企業が申請する「タイブレーク」も増えています。誰が本当に「最初」なのかを、秒単位で確認する必要があるため、申請書の提出時間の記録が、法廷の争点になることも珍しくありません。
今後の展望
180日独占権は、アメリカのジェネリック薬市場を支える重要な柱です。この制度のおかげで、アメリカでは処方薬の90%がジェネリック薬になっています。しかし、その仕組みが、もはや「患者のため」ではなく、「企業の戦略」に使われている現状は、明らかです。改革の方向性は明確です。独占権は「勝った瞬間」ではなく、「販売を始めた瞬間」から始まるべきです。そうすれば、裁判で勝っても、販売しない企業は誰にも迷惑をかけられなくなります。患者が本当に安価な薬を手にするまで、この制度は完璧ではありません。
この制度が、本来の目的である「患者への迅速な安価な医療の提供」に戻るかどうかは、今後の政策決定にかかっています。技術や医療は進化していますが、法律が時代に追いついていない限り、患者はその恩恵を十分に受けられないままです。
コメントを書く