腎疾患と肝疾患における抗凝固療法:特別な配慮

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腎臓と肝臓の両方に疾患がある患者に抗凝固療法を行うのは、医療現場で最も難しい判断の一つです。血栓を防ぐための薬(血液を固まりにくくする薬)は、腎臓や肝臓が弱っていると、体に予期せぬ影響を及ぼす可能性があります。特に、近年広く使われるようになったDOAC(直接経口抗凝固薬)は、腎機能や肝機能が重度に低下した患者を対象とした臨床試験がほとんどないため、実際の治療では「ガイドライン通りにはいかない」ケースがよくあります。

腎疾患と抗凝固療法:腎機能の数値がすべてを決める

腎臓の機能を測る指標として、eGFR(推算糸球体濾過量)が使われます。この数値がどれだけあるかで、どの薬を使えるか、どのくらいの量を飲むべきかが決まります。

eGFRが45以上(CKDステージ1~3a)なら、DOACのほとんどは標準用量で安全に使えます。しかし、eGFRが30~44(ステージ3b)になると、薬によって用量を減らす必要があります。アピキサバンは5mgから2.5mgに、リバロキサバンは20mgから15mgに、エドキサバンは60mgから30mgに減らします。

eGFRが30未満(ステージ4~5)になると、状況はさらに複雑になります。欧州薬品庁(EMA)はリバロキサバンとアピキサバンの使用を禁止していますが、米国食品医薬品局(FDA)はアピキサバンを2.5mgを1日2回使うことを許可しています。これは、ARISTOTLE試験の後期解析で、腎機能が極端に低下した患者でも、ワーファリンと比べて重大な出血リスクが70%も低かったというデータが根拠です。

透析患者(血液透析)への投与は、さらに慎重さが求められます。透析中にアピキサバン2.5mgを1日2回投与すると、血中濃度は正常な人の約40%にまで下がります。リバロキサバン10mgでは、正常値の約40%程度に留まります。つまり、薬の効果が弱まっている可能性があるのです。

一方、ワーファリンは腎臓に頼らずに代謝されるため、透析患者にも使われてきました。しかし、ワーファリンはINR(国際標準比)で効果を測りますが、腎機能が悪いとINRの値が不安定になり、治療範囲(INR 2.0~3.0)を保つのが難しくなります。そのため、eGFRが30未満の患者では、INRの目標を1.8~2.5に下げることも検討されています。

肝疾患と抗凝固療法:肝臓は凝固因子の工場

肝臓は、血液を固めるためのたんぱく質(凝固因子)と、逆に固まりすぎないようにするたんぱく質(抗凝固因子)の両方をつくっています。肝硬変になると、これらのたんぱく質が十分に作られなくなり、出血しやすくなるだけでなく、血栓もできやすくなります。

肝機能の評価には、Child-Pugh分類が使われます。A級(5~6点)なら、DOACを標準用量で使える可能性があります。B級(7~9点)では、用量を減らすか、慎重に使用します。C級(10点以上)では、DOACは原則として禁忌です。これは、RE-CIRRHOSIS研究で、C級患者では出血リスクが通常の5.2倍にもなると示されたためです。

さらに問題なのは、肝硬変の患者ではINRが信頼できないことです。INRは、ビタミンK依存性の凝固因子だけを測るので、肝臓が弱ると他の凝固異常(血小板減少、フィブリノゲン低下など)を見逃してしまいます。そのため、2022年のEASLガイドラインでは、TEG(血栓弹性図)やROTEM(回転型血栓弹性図)という、より包括的な検査を推奨しています。しかし、米国の一般病院の38%しかこの検査を導入しておらず、多くの医療現場では「INRが少し高いから止める」という判断を余儀なくされています。

医師がDOACとワーファリンを比較しながら、腎不全と肝硬変の患者を診断する様子

DOACとワーファリン:どちらが安全か?

腎機能が悪い患者では、DOACのほうがワーファリンより出血リスクが低いというデータがあります。ARISTOTLE試験のサブ解析では、eGFRが25~30の患者で、アピキサバンの重大出血リスクはワーファリンより31%低かったのです。

しかし、薬の特徴も重要です。ダビガトランは80%が腎臓から排泄されるため、eGFRが30未満では使用禁止です。一方、アピキサバンは27%しか腎臓に頼っておらず、そのため、腎機能が極端に低下しても使える可能性があります。リバロキサバンは33%、エドキサバンは50%が腎臓から出ます。

肝臓が弱い患者では、ワーファリンのほうが「逆転剤」が確立されているという利点があります。ワーファリンの効果を止めるには、ビタミンKや新鮮凍結血漿(FFP)が使えます。しかし、ワーファリンはINRの変動が激しく、肝硬変患者では治療範囲内にいる時間が60%以下になることがよくあります。一方、DOACは逆転剤が限られています。アピキサバンやリバロキサバンにはアネクサン・アルファ(Andexxa®)という薬がありますが、1回の投与で19,000ドル以上かかり、米国の病院の45%しか備えていません。ダビガトランにはイダルブズマブ(Praxbind®)がありますが、3,500ドルで、ダビガトランしか効きません。

腎臓科、肝臓科、心臓科の医師が患者の抗凝固療法の課題を協議するイラスト

実際の臨床現場:医師たちはどう判断しているか?

2021年のデータでは、血液透析を受けている心房細動患者のうち、76%が血栓リスクが高かったにもかかわらず、たった28%しか抗凝固療法を受けていませんでした。治療を受けた患者のうち、63%はワーファリン、37%はDOACでした。DOAC群では出血は少なかったですが、脳梗塞の発生率はワーファリンとほとんど変わりませんでした。

Redditの腎臓病専門のフォーラムでは、透析患者にアピキサバン2.5mgを2年間投与して出血がなかったという医師の体験談と、同じ用量で大出血を起こしたという悲劇的な症例が両方存在します。これは、同じ薬でも「患者によって反応がまったく違う」ことを示しています。

肝硬変の患者では、血小板数が15万/μL以下になることが76%で見られます。この状態で抗凝固薬を投与すると、出血リスクが急上昇します。そのため、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のアルゴリズムでは、血小板数が5万/μL以下、またはMELDスコアが20を超えると、抗凝固療法を中止するよう推奨しています。

今後の展望と実践のヒント

現在、500人の透析患者を対象に、アピキサバンとワーファリンを比較する「MYD88試験」が進行中で、2025年に結果が出る予定です。また、肝硬変患者を対象にした「LIVER-DOACレジストリー」も世界中でデータを収集しています。

医療現場で大切なのは、単に数値だけを見ないこと。eGFRやChild-Pughスコアは指標にすぎません。患者の年齢、出血歴、転倒リスク、食事の安定性、薬の服用の継続性、家族のサポートなど、すべてを総合的に判断する必要があります。

腎疾患と肝疾患の両方がある患者には、腎臓内科と心臓内科、肝臓内科が連携して治療計画を立てるべきです。単独の診療科では判断が偏りがちです。また、薬の用量変更や検査頻度は、3か月ごとに見直すのが基本です。eGFRが1年で5mL/min以上下がる場合は、月1回のモニタリングが必要です。

抗凝固療法は「やるかやらないか」ではなく、「どうやるか」が重要です。リスクとベネフィットを患者と丁寧に話し合い、最適な選択を一緒に見つけることが、本当の意味での「患者中心の医療」です。

腎機能が悪い患者にDOACは使えるの?

eGFRが30以上なら、アピキサバンやエドキサバンは用量調整で使用可能です。eGFRが30未満でも、アピキサバンはFDAのガイドラインに基づき2.5mgを1日2回使うことが許可されています。ただし、透析患者では依然としてエビデンスが限られており、医師とよく相談してください。ダビガトランはeGFRが30未満では使用禁止です。

肝硬変の患者はワーファリンの方が安全?

逆転剤が確立されているという点ではワーファリンの利点がありますが、INRが不安定で治療範囲を保つのが難しいです。肝硬変の患者では、DOACのほうが出血リスクが低く、脳梗塞予防効果も同等かそれ以上であるというデータが増えています。ただし、Child-Pugh C級ではDOACは禁忌です。個々のリスクを評価して、医師と相談してください。

透析患者に抗凝固療法が必要なのはなぜ?

透析患者の心房細動の発生率は一般人口の2倍以上です。心房細動があると、心臓で血栓ができ、脳梗塞のリスクが5倍になります。透析患者は血管も脆く、血栓ができやすい状態です。抗凝固療法をしないと、脳梗塞で命を落とすリスクが高まります。出血リスクを抑えながら、血栓を防ぐバランスが重要です。

血小板が少ないのに抗凝固薬を投与しても大丈夫?

血小板が15万/μL以下なら、出血リスクが高まります。肝硬変の患者では、76%がこの状態です。血小板が5万/μL以下になると、抗凝固療法のリスクが非常に高くなるため、多くのガイドラインでは中止を推奨しています。ただし、肝静脈や門脈の血栓(portal vein thrombosis)がすでにできている場合は、血栓のリスクが出血リスクを上回る場合もあり、医師の判断で投与を続けることもあります。

抗凝固療法をやめるべきタイミングは?

出血が起きたとき、血小板が5万/μL以下になったとき、MELDスコアが20を超えたとき、あるいは患者が薬を正しく飲めない状態(認知機能低下、服薬管理不能)になったときが、やめるべきタイミングです。また、腎機能や肝機能が急速に悪化した場合も、再評価が必要です。定期的な検査と、患者との継続的な対話が不可欠です。

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